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2023/09/11

回想の城280.岡城跡 ~ 滝廉太郎記念館

大分県竹田市・2012年6月5日

荒城の月 岡城跡 (百名城)
地図

   岡城は大野川支流の合流地点、川岸から切り立った断崖絶壁の上にある。豊後武士団の棟梁・緒方三郎惟栄 (これよし) が源平の戦いで平家滅亡に貢献し、文治元 (1185) 年にこの城を築いたと伝えられている。その後、歴史に登場するのは天正14 (1586) 年。ときの城主で弱冠18歳の志賀親次は、薩摩の島津義弘率いる軍勢に囲まれ、圧倒する攻撃を受けながらも城を守り抜く。以降、岡城は難攻不落の城として名声が高まった。
 
 文禄3 (1594) 年以降は中川秀成が岡藩城主となり、さらに堅固な現在の城郭に整えた。そして明治を迎えるまでのおよそ280年間、13代に渡って中川氏の居城となる。しかし、明和8(1771) 年に城下で発生した火事が、城にまで延焼し焼失。明治4 (1871)年、全国の城と同じように城郭は全て取り壊され、城は荒廃していく


 明治34 (1901) 年、荒廃したかつての名城は全国に知られるようになる。土井晩翠が作詞し、滝廉太郎が作曲した「荒城の月」が中学唱歌で採用されたからだ。この曲は、廉太郎が12歳から2年間暮らした竹田市の岡城跡をモチーフにしたといわれている。(竹田市のパンフ参照) 


 案内板
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     標 柱 
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 古大手門跡 
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 石 垣 
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    石 段
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  急峻な地形
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 本丸跡 
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 二の丸跡に立つ瀧廉太郎の銅像 

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 遠くに霞む九重連山
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 マップ
岡城マップ



回想の館280・大分県竹田市・2012年6月5日

荒城の月 瀧廉太郎記念館
地図

 この記念館は、不朽の名作「荒城の月」で知られる作曲家、瀧廉太郎が12歳から14歳まで暮らした屋敷。館内には写真や手紙、直筆の譜面などが展示され、廉太郎の生涯を紹介したビデオ (15分程度) を見ることができる。
 
 廉太郎の父親は内務省勤務で転勤が多く、少年期を山紫水明の竹田の地で過した。岡城は絶好の遊び場で、四季に移ろう自然の中で音楽の天分を育んだ。廉太郎はここで音楽の道へ進むことを決心し、小学校を卒業後に東京音楽学校 (現在の東京芸大) へ進学した。
 
 しかし、ドイツに留学中に結核を発病、両親が暮らす大分市で療養中に、23歳10ヶ月の若さで生涯を終えた。 (竹田市のHP参照)


 玄 関 
P7130039


    庭
P7130041


  洞 窟 ? 
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 廉太郎の銅像 
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 ジャーナリストの故・筑紫哲也さんは廉太郎の縁者 
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