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2023/09/08

回想の寺277.富貴寺 ~ 熊野磨崖仏

大分県豊後高田市・2018年9月19日

六郷満山 富貴寺 (国宝)
地図

 
地形が険しい国東半島は古くから山岳信仰が盛んだった。奈良時代になるとこの地にも仏教が伝来し、それまでの山岳信仰は天台密教に取り込まれる。さらに、半島北西にある宇佐神宮の八幡信仰にも影響され、「六郷満山」とよばれる国東半島特有の仏教文化が誕生した。

 富貴寺はその六郷満山寺院のひとつで、天台宗である。富貴寺大堂は平安後期の建築で、平安時代に盛んに行われた阿弥陀堂建築の全国分布を示す好例だ。
宇治平等院鳳凰堂、平泉中尊寺金色堂と並ぶ日本三阿弥陀堂のひとつに数えられ、九州に現存する最古の木造建築として貴重である。

 富貴寺大堂は、三間四間 (柱の間が三つと四つ) の総白木造の建物で、周囲に廻縁がある。屋根は一重の宝形造で大きく緩やかなカーブを描く。瓦葺だが一般的な本瓦葺ではなく、より古い様式の行基葺になっており、簡素な形と美しい屋根の線がどっしりとした安定感を感じさせる。内部は板敷で四天柱で内陣が区分され、阿弥陀如来像 (国指定重文) が安置されている。 (富貴寺のパンフ参照)


 富貴寺入口 
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 石段の参道   赤い花が印象的
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 萩の花
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 仁王門
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 さらに石段を上る 
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 境内にある板碑や石祠
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 九州最古の木造建築
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 阿弥陀堂建築の富貴寺大堂 (国宝)
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大分県豊後高田市・2018年9月18日

熊野磨崖仏

 国東半島の六郷満山の拠点の一つだった胎蔵寺から山道を300mほど登ると、鬼が一夜で築いたと伝わる自然石の乱積石段がある。さらにこの石段を登ると、左側の巨岩壁に大きな大日如来と不動明王の石仏 (熊野磨崖仏・国指定重文) が刻まれている。

 伝説では養老2 (718) 年に仁聞菩薩がつくったとされるが、磨崖仏造立の年代推定資料により鎌倉初期には大日、不動両像の存在が明確だ。また、胎蔵寺が記録に現れるのは仁安3 (1168) 年であることから、磨崖仏の造立は平安末期と推定されている。 (熊野磨崖仏管理委員会のパンフ参照)


 磨崖仏への参道
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    鳥 居
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鬼が築いた乱積石段」  鬼が一夜で築いたと伝わる自然石の乱積石段
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 日本一大きな磨崖仏
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 6.8mの大日如来像
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 8mの不動明王像
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 不動明王の横顔
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