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2023/08/30

回想の塔268.出津教会堂 ~ 浦上天主堂

長崎市・2018年9月20日

出津 (しつ) 教会堂 (世界遺産)
地図

   出津 (しつ) 集落における潜伏キリシタン関連遺産は、禁教時代の面影をとどめる小田平集落、そして解禁後に建設された出津教会堂出津救助院の3つの要素から成っている。教会堂の建物だけでなく集落そのものが世界遺産の構成資産だ。明治の初め外海地区に赴任したド・ロ神父は、明治15 (1882) 年に私財を投じて教会堂を建設した。強風を考慮した低い外観が特徴である。

 集落の潜伏キリシタンは解禁後に段階的にカトリックへ復帰していくが、集落の中心部に教会堂が建ったことで、彼らの「潜伏」は終焉を迎える。信徒の増加にともない、教会堂は明治24 (1891) 年と明治42 (1909) 年の2回増築され、建物の正面と背面の両方に鐘楼があるたいへん珍しい姿になった。 (長崎県観光課のパンフ等参照)


 「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」を構成する12の資産
12の構成資産


 外海 (そとめ) 民俗博物館
    外海 (そとめ) 地区の古代から現代までの歴史や民俗資料を展示。2階には禁教期の信仰具やマリア観音など、潜伏キリシタンの関連資料を所蔵・展示している。
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 旧出津救助院 (国指定重文)
    明治16 (1883) 年に、ド・ロ神父が女性の自立支援のための作業場として建設。織物や縫物、素麺づくりなどの食品加工を行った施設だ。木造2階建てで1階は作業場、2階は修道女の生活の場として使用されていた。
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 ド・ロ神父記念館 (国指定重文)
    明治18 (1885) 年 にド・ロ神父の設計施行で 、女性の就業を支援するイワシ網の製造工場として建設された。現在はド・ロ神父記念館としてゆかりの品々が展示されている。
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 案内板
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 かつてド・ロ神父が歩いたという歴史の道
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 坂の上から見る出津教会堂
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 正面の鐘楼
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 正面と背面の2ヵ所に鐘楼がある
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 出津教会堂周辺マップ
出津教会堂マップ



長崎市・2012年5月23日

アンジェラスの鐘 浦上天主堂
地図

 長崎市内での宿は、ちょうど浦上天主堂の近くにあったので、浦上天主堂 ~ 平和公園 ~ 爆心地と朝の散歩をしてきた。
 
 明治維新の後、キリシタン弾圧の耐え信教の自由を得た浦上のキリスト教信者たちが、30年の歳月をかけて築いた東洋一のロマネスク様式の大聖堂である。昭和20 (1945) 年に原爆で崩壊した。再建された (昭和34年) 天主堂からは、原爆の爆風に耐えたアンジェラスの鐘が1日3回響きわたる。(長崎市発行のパンフ参照)


 赤レンガの浦上天主堂
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 爆風に耐えたアンジェラスの鐘が響き渡る
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 案内板
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