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2023/04/12

城西重伝建地区

岡山県津山市・2023年3月30日

城西重伝建地区のまちなみ
地図
 
 3月30日の早朝3時20分ころ自宅を発ち ~ 福島西IC ~ 東北道 ~ 郡山JCT ~ 磐越道 ~ 新潟中央JCT~ 北陸道 ~ 敦賀JCT ~ 舞鶴若狭道 ~ 吉川JCT ~ 中国道 ~ 津山IC ~ 15時30分ころ、岡山県津山市の作州民芸館に到着。ここまでの走行距離はおよそ900km、所要時間は11時間ほどである。民芸館でマップを頂き城西重伝地区のまちなみを散策した。

 津山城の東側の城東重伝建地区は2013年8月に選定され、私は2014年4月に訪れている。津山城下の形成は、慶長8(1603) 年に森忠政が18万6500石の大名として入封し、鶴山の地に津山城を築城したことに始まる。しかし、森家は元禄10 (1697) 年に4代で断絶した。翌年、越後高田藩松平家の養子長矩が10万石で入封、その後9代続いて明治維新を迎えた。

 森忠政は
入封の翌年から町づくりを進め、城を中心に武家屋敷を椿高下・田町・南新座などに配した。そして、防御的な観点から西周辺部に寺院を集め西寺町とする。また、城大手口の南方に出雲街道を東西に貫き、街道沿いに町人町を造った。東から京町 ~ 堺町 ~ 二階町 ~ 坪井町 ~ 宮脇町 ~ 西今町と続く。さらに、これら町人町の周辺に美濃町や鍛冶町、新魚町などの職人町を、吉井川の堤防に沿って河原町や船頭町など水運に関わる町を置いた。

 福島から津山まで日本列島を南下すること900km。古希を過ぎた私はかなり疲れており、起点とした作州民芸館近くの田町 ~ 西寺町 ~ 西今町 ~ 宮脇町界隈を散策するにとどめた。 西寺町には寺院がたくさん集まっていて、旧城下の寺町という雰囲気が漂っている。しかし、白壁の武家屋敷や中2階・袖うだつ・平入りの町家はときおり散見される程度で、連続した歴史のまちなみは残っていなかった。(津山市観光協会のパンフ及びいらか組「七ちょめ」さんのHP参照)
  

まちなみめぐりの起点とした作州民芸館
 ルネッサンス調のデザイン、明治42 (1909) 年建築の旧土居銀行津山支店 (国登録有形文化財)
P3300008


 民芸館の裏側
P3300010


 翁 橋  欄干親柱がアールデコ調デザイン (国登録有形文化財) 
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 城西浪漫館 (旧中島病院本館・国登録有形文化財)
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 武家屋敷 
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 津山城下町歴史館
P3300024


 だんじりが展示されていた
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 徳守神社社殿 (県指定重要文化財)
P3300036


 徳守神社神輿 (市指定文化財)
  文化8(1811) 年に建造。重さが1t を超え、日本三大神輿のひとつと言われている 
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 泰安寺表門 (県指定重要文化財)
P3300041


 泰安寺本殿 (藩主松平家の菩提寺・県指定重要文化財)
P3300046


 妙法寺本堂 (県指定重要文化財)
P3300054


 本源寺中門 (国指定重文)
P3300003


 本源寺本堂 (藩主森家の菩提寺・国指定重文)
P3300059


 旧出雲往来のまちなみ
P3300050


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