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2022/04/09

回想の里294.十根川 ~ 鶴富屋敷

宮崎県椎葉村・2012年6月2日

「天界の村」... 十根川集落
  
  延岡市から国道218号線を通り、日之影町 ~ 高千穂町 ~ 五ヶ瀬町と五ヶ瀬川を遡ります。いったん熊本県に入り国道265号線 ~ 再び五ヶ瀬町 ~ 国見トンネルと、九州山地の懐深く分け入って、ようやく重伝建地区に指定されている十根川集落 (宮崎県椎葉村) に着きました。 あぁ、遠かったな~! 
 
  椎葉村は宮崎県北西部の山岳地帯にあり、村域のほとんどが山林です。深い谷の斜面に張り付くように集落が点在。十根川は、雛壇のように黒石が積み上げられた、等高線上に家並みが建ち並ぶ山岳集落です。民家は、3~4室の広い部屋を一列に並べる細長い平面形式が特徴。この地域に特有の民家が谷あいの緑に囲まれ、石垣と重なりあって美しい山村景観を構成しています。(椎葉村のHP参照)
  
 ※これまで訪れた「天界の村」 (野村万訪氏の造語)
     秩父山地 秋畑那須 (群馬県甘楽町)
   赤石山脈 ~ 伊那山脈 遠山郷下栗の里 (長野県飯田市)
   紀伊山地 果無集落 (奈良県十津川村)
   四国山地 東祖谷落合 (徳島県三好市)


 十根川集落の全景
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 みごとな石垣
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 石垣を利用した下屋
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 主屋と付属屋が一列に並んでいます 
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    石 段
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 家は等高線上に建ち並んでいます 
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 ふう~!... 石段の上り下りがたいへんです。 
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 最上段にある大きな家



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 装飾が施されたりっぱな玄関
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  野菜畑
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 茶畑 ... いずれも山側の軒は上段の家の庭より低い
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 最上段から集落を見下ろす ... 
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平家の落人伝説が残る 鶴富屋敷
 
 鶴富屋敷は、鶴富姫と那須大八郎の恋物語の舞台ともなった場所です。正式には那須家住宅といい、建物は椎葉を代表する造り。築年を明らかにする資料はなく、建築技術などからおよそ300年前のものと推定されています。昭和31年に国の重要文化財に指定されました。
 
  椎葉村の民家は「並列型民家」とよばれ、主屋の前面に縁を横 一列に設け、それに各部屋を配置した横に細長い形式です。この村は平地が少ないので、傾斜をうまく利用するために考えられた知恵でしょう。
民家としては太く大きな木材を使用した椎葉独自のもので、寝殿造りの面影を残すと言われています。 屋根は寄棟で、棟飾りとして九本の千木が組まれています。重要文化財に指定された当時は茅葺きでしたが、 昭和38年、火災防止のため銅板葺きにしました。(椎葉村のHP参照)


 鶴富屋敷
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  間取り
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  囲炉裏
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   でいの間
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平家の落人伝説

 壇ノ浦の合戦に敗れた平家の残党が、道なき道を逃げようやくたどりついたのが、ここ山深き椎葉でした。ところが、この隠れ里も源頼朝に知れるところとなり、那須与一の弟大八郎宗久が追討の命を受けました。椎葉に向かった大八郎は険しい道を越え、ようやく隠れ住んでいた平家の落人を発見しました。
 しかし、ひっそりと農耕をしながら暮らす落人たちの姿を見て、哀れに思い追討を断念。鎌倉幕府には討伐したと報告しました。そればかりか大八郎は鎌倉へは戻らず、屋敷を構えこの地にとどまったのです。大八郎は、農耕の仕方を教えるなど彼らを助けながら暮らしたといいます。やがて、清盛の末裔である鶴富姫との出会いが待っていて、いつしか姫との間にロマンスが芽生えました。彼は永住する決心を固め、村中から祝福されます。

 ところが、幕府から「兵をまとめてすぐ帰れ」という命令が届き、夢ははかなく消えてしまうのです。このとき鶴富姫はすでに身ごもっていました。生まれたのはかわいい女の子、姫は大八郎の面影を抱きながらいつくしみ育てました。(椎葉村のHP参照)  後に婿を迎え、「那須下野守」と愛する人の名前を名乗らせたということです。 現在でも椎葉村には「那須」姓が圧倒的に多いとか...。 


  鶴富姫の墓
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