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2023/09/05

回想の館274.旧グラバー住宅

長崎市・2018年9月20日

旧グラバー住宅 (世界遺産)
地図

 旧グラバー住宅は、文久3 (1863) 年に建てられた現存するわが国最古の木造洋風建築である。長崎市南山手の見晴らしのいい丘の上に建つ。建設当初はL字型の平屋で、周囲がベランダで囲まれた建物だった。設計者は不明だが、施行者は日本人であることが判明している。その後増改築を繰り返し、明治期になると、独立していた台所のある付属屋と主屋が廊下で結ばれ、現在の形に落ち着いた。

 長崎市の学芸員によれば、この住宅は日本人から見ればまさに洋風の建物だが、ここを訪れた欧米人からしばしば「和風の建物だね」という感想を聞くという。たしかに屋根は瓦屋根、外壁は竹木舞の下地に漆喰塗り、和小屋など、外観は和風の要素が強くみられる。

 しかし、住宅を囲むベランダは東アジアにに多く見られるコロニアル・スタイル。ベランダの屋根を支える円柱にはイギリス式の格子の装飾が施されている。室内は、部屋を明るくするために大きな鏡が設置され、典型的な「擬洋風建築」となっている。
 (グラバー園のパンフ参照)


 世界遺産に登録
      西洋の先進技術を伝え、日本の近代化に大きく貢献したグラバーの住宅であることが評価され、世界遺産の構成資産として登録された。
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 旧グラバー住宅の外観
  屋根は和風の瓦屋根だが、建物を囲むベランダがあるコロニアル・スタイル
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 旧グラバー住宅の変遷    増改築を繰り返し現在の形となった
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トーマス・ブレーク・グラバー
 スコットランド出身のトーマス・ブレーク・グラバーは安政6 (1859) 年、彼が21歳のとき、長崎開港と同時に来日し、グラバー商会を設立した。グラバーは貿易業を営む傍ら、近代化をめざす日本に様々な面で貢献している。例えば、さらなる知識の構築を志す若者たち、長州藩の伊藤博文ら5名や鹿児島藩の五大友厚ら19名に英国留学を支援するなど、多大な援助を惜しまなかった。

 帰国した五大は、グラバーとともに小菅修船場 (世界遺産) を建築している。また、グラバーは佐賀藩とともに高島炭鉱 (世界遺産) を開設。その後、高島炭鉱は三菱の創業者である岩崎弥太郎に買収され、グラバーは三菱の一員として所長に就く。とび色の瞳と赤い顔のため、彼が経営していた炭鉱の鉱夫から「赤鬼」とあだ名されていたという。明治以降は、純経済人として科学技術の導入や日本の産業革命の推進に大きな貢献をした。  (グラバー園のパンフ参照)

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 応接室
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 食 堂
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 150年前の西洋料理 
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 テーブルに並べてみると
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 温 室
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 庭 園
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 長崎港
  港内を行き交う船の音が間近に聞こえ、市街地や稲佐山の景観が広がる絶景のビュースポットだ。
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