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2022/05/23

回想の里305.備瀬 ~ 喜如嘉 ~ やんばるの森

沖縄県本部町・2012年9月6日

フクギ並木の 備瀬集落
 
   9月6日、本部町の民宿を発ち ~ 備瀬のフクギ並木を散策 ~ 国道505号 ~ 国道58号 ~ 大宜味村喜如嘉の芭蕉布会館を見学 ~ 国頭村のやんばるの森にある比地大滝 ~ 国頭村のホテルに宿泊。 
 
 備瀬集落では、ほとんどの民家がみごとなフクギの屋敷林に取り囲まれており、その規模は沖縄本島随一。防風林として植えられた2万本ものフクギが、緑の迷路を形作っています。背の高いフクギの古い民家が見え隠れ...。 


   集落の入口 
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  フクギ並木
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 並木道沿いの民家 
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 海岸に近い並木道 
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 伊江島 
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 備瀬碕
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  (ちゅ) ら海です ♪
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2012年9月6日・沖縄県大宜味村

  芭蕉布の里 喜如嘉集落
 
  大宜味村の喜如嘉集落は、沖縄最古の織物「芭蕉布」の里として知られています。昔ながらの家並みが残る集落には、原料となるイトバショウが生い茂り、手織り作業を見学できる芭蕉布会館が建っています。イトバショウの葉に囲まれた、穏やかな時間の流れる集落でした。♪  


  芭蕉布の碑
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  芭蕉布会館
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 喜如嘉集落にあった伝統家屋
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2012年9月6日・沖縄県国頭 (くにがみ) 

亜熱帯の森に希少生物 やんばるの森
 
 比地大滝までは徒歩40分の道のりで入場料500円、遊歩道が整備されていました。渓流のせせらぎを聞きながら、のんびりとやんばるの自然を楽しむことができます。途中、緑色の蛇に2度遭遇しました。にほんの里100選のガイドブックは、「ヤンバルクイナなど希少生物の宝庫。村民の20%が1次産業に従事し、生態系や潮の干満などを生かした伝統的文化・行事が残る」と紹介しています。


 やんばるの森
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    遊歩道 
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 比地大滝 ... 落差26m
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2022/05/22

回想の里304.渡名喜島 ~ 久米島

沖縄県渡名喜村・2012年9月5日

敷地を掘り下げた 渡名喜島
  
 渡名喜島の集落は、東西の幅がわずか数100mほどしかなく、その両端が海に面しているので、台風時には激しい風が集落内を吹き抜けます。そのため、渡名喜島の伝統的な家屋は地面を掘り下げた敷地内に建て、その周りをフクギの防風林で囲うのが一般的です。細い道路に沿ってほぼ方形の敷地が並び、その敷地は道路面よりおよそ1mほど低く掘り込まれていました。境界を石垣などで囲み、石垣との間にフクギを植えて台風や火災に備えているのです。


 フクギの防風並木
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 「ソーンジャキ」 と呼ばれる魔よけの目隠し壁
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 井 戸 ?
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 敷地は路地より1m以上も低い! 
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 伝統家屋
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 琉球石灰岩の石垣 
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 民 宿
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 ふくぎ
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 ラムサール登録の湿地 久米島
 
  9月5日、久米島のホテル ~ 兼城港 ~ 久米島8時30分発のフェリー ~ 渡名喜島に10時着 ~ 短時間で渡名喜のまちなみ (重伝建地区を見学 ~ 渡名喜島11時発のフェリー ~ 久米島に12時30分着 ~ タクシーでラムサール条約に登録されている湿地 (里100選) を見学 

 にほんの里100選のガイドブックは、「サトウキビや野菜作り、モズク採取にクルマエビ養殖が盛ん。島中央部の湿地がラムサール条約に登録。伝統の紬(つむぎ)や泡盛も元気」と紹介しています。


 案内板 
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 サワヘビの生息地
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2022/05/10

回想の里298.加計呂麻島

鹿児島県瀬戸内町・2016年3月22日
早春の奄美 加計呂麻 (かけろま) 

   2009年1月6日、朝日新聞創刊130周年および森林文化協会創立30周年の記念事業として、にほんの里100選が発表された。対象となる里は集落、その周辺の田畑や野原や草地、海辺や水辺・里山などの自然からなる地域で、1.景観  2.生物多様性  3.人の営み の3要素が選定基準。

 応募総数4.000から、立候補と推薦が重複したのを省くと2,000...その中から候補地を絞り込み、現地調査もしたうえで、山田洋次氏(映画監督)を委員長とする選定委員会が、総合的に判断して選んだ。山田氏は、48作続いた「寅さん」シリーズなどで、旅情をかきたてぬくもりのあるロケ地を探して各地を回り、里の景観にも詳しい。

 選定委員長の山田氏は、「寅さんの撮影は、地方の美しい景色が消えていく後を追うことに似ていた。絶望は簡単だ。だが、まだ早い。まだ美しい里はある。大事なことは、暮らし方や生き方だ。」 と語っている。


 ガイドブック (森林文化協会発行・清水弘文堂編集発売)




 ガイドブックは加計呂麻島を、「諸鈍、実久など30の集落。手積みのサンゴの石垣は防風だけでなく島唄文化を育む憩いの場でもある。各集落に土俵が」と紹介している。



 数年前から始めたにほんの里100選めぐりは、99ヶ所を踏破し王手をかけている。だが、最後に残る鹿児島県瀬戸内町の加計呂麻島は、極めてアクセスが悪く私は諦めかけていた。2016年の正月に届いた年賀状のなかに、某私大の教官をしている学生時代の友人からのものがあり、「ゼミの社会調査実習で、~ (中略) ~ 奄美・加計呂麻島・呑之浦を探訪」と記されていた。

 友人に電話照会してみると、「成田~奄美間に格安航空のバニラエアーが就航、レンタカーの台数も増え、格段にアクセスがよくなった」という。そして、詳細な「奄美情報」のメールだけでなく、奄美大島や加計呂麻島のガイドブックをも送ってくれた。 ...  感謝 m(__)m

 
 学生時代の友人からの年賀状 (某私大の教官をしている)


 3月21日
   朝7時30分に福島の自宅を発ち、福島西IC ~ 東北道 ~ 郡山JCT ~ 磐越道 ~ いわき中央JCT ~ 常磐道 ~ つくば中央JCT ~ 圏央道 ~ 大栄JCT ~ 東関道 ~ 成田IC ~ 正午、成田空港着。第2ターミナル北口で車を  に預ける ~ 連絡バス  ~ 第3ターミナルでチェックイン ~ 成田13時35分発のバニラエアーJW825便 

 16時30分、奄美空港に到着 ~ 奄美レンタカー空港店で軽自動車を借りる ~ 17時に空港を発ち ~ 主要地方道82号 ~ 赤尾木 ~ 国道58号 ~ 18時30分、瀬戸内町古仁屋の民宿に到着。 (宿泊) 伊勢海老をはじめ食べきれないほどの御馳走が出た。♪



3月22日
 7時30分に古仁屋の民宿を発ち、レンタカーで古仁屋港のフェリー乗り場へ ~ 古仁屋8時10分発のフェリー  に乗船 ~ 8時30分、加計呂麻島の生間 (いけんま) 港着 ~ イキンマレンタカーで軽自動車  を借りる ~ 8時50分に着、ディゴ並木リリーの家 (「男はつらいよ」のロケ地) を見学 ~ 9時15分に徳浜着、天然塩「さんご塩」やライオン岩、白い砂浜 (「男はつらいよ」のロケ地を見学 ~ 安脚場 

 10時45分に
スリ浜着、大島海峡対岸の古仁屋港を望む ~ 11時25分に呑之浦着、島尾敏雄文学碑や復元された特攻船・震洋を見学 ~ 12時10分に於斎着、ガジュマルの巨木や海沿い (「男はつらいよ」のロケ地) を見学、潮騒を聞きながらガジュマルの木陰で昼食 
 13時05分に実久着、サンゴ石垣の実久集落美しい実久ブルーの海を見学 ~ 瀬相の市場でおみやげを購入 ~ 15時00分に鈍着、資料館を見学 ~  15時30分にレンタカーを返却 ~ 生間港15時55分発のフェリー  に乗船 


 古仁屋 (こにや) 港のシンボル・クロマグロのオブジェ
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 乗船したフェリーかけろま
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 諸鈍 (しょどん) のディゴ並木
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さんご塩」... 天然塩づくり
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寅次郎紅の花のロケ地・徳浜
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 紅の花 ... ハイビスカス
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 呑之浦 (のみのうら) にある島尾敏雄文学碑
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 於斎 (おさい) にあるガジュマルの巨木
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 サンゴ石垣の実久 (さねく) 集落 
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 美しい実久ブルーの海
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 後ろ髪引く加計呂麻島
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 マップ
加計呂麻島


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2022/04/09

回想の里297.笠沙町大当 

鹿児島県南さつま市・2012年5月29日

石垣で自然の迷路 笠沙町大当

  笠沙町には今もいたるところに多くの石垣が残っていて、急峻な土地に張り付くように生活圏を確保した先人の労苦がしのばれます。この地を取り囲む美しいリアス式海岸、東シナ海が育んだ新鮮な魚と昔から受け継がれてきた焼酎...。
 
  野間岳山麓を流れる大当川の河口から西側の丘陵地帯に広がる石垣群、そこが百万個の天然石を積み上げたといわれる大当集落。その起源は定かではありませんが、営々と築かれた石垣は総延長が1220mにもなるそうです。 (南さつま市のパンフ参照) 
 
  にほんの里100選のガイドブックは、「海の迫る丘陵地に築かれた石垣と石畳の集落。畑の境界や垣根などもすべて石垣。迷路のような小路沿いに黒瓦の古い家々が残る」と紹介しています。


       
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 いざ集落のなかへ ... 
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 後を振り返る
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 迷路のような石垣
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 100万個の石を積み上げたとされる大当集落 
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 どっちから来たのか忘れてしまいました
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 眼下に見る大当海岸 
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2022/04/09

回想の里294.十根川 ~ 鶴富屋敷

宮崎県椎葉村・2012年6月2日

「天界の村」... 十根川集落
  
  延岡市から国道218号線を通り、日之影町 ~ 高千穂町 ~ 五ヶ瀬町と五ヶ瀬川を遡ります。いったん熊本県に入り国道265号線 ~ 再び五ヶ瀬町 ~ 国見トンネルと、九州山地の懐深く分け入って、ようやく重伝建地区に指定されている十根川集落 (宮崎県椎葉村) に着きました。 あぁ、遠かったな~! 
 
  椎葉村は宮崎県北西部の山岳地帯にあり、村域のほとんどが山林です。深い谷の斜面に張り付くように集落が点在。十根川は、雛壇のように黒石が積み上げられた、等高線上に家並みが建ち並ぶ山岳集落です。民家は、3~4室の広い部屋を一列に並べる細長い平面形式が特徴。この地域に特有の民家が谷あいの緑に囲まれ、石垣と重なりあって美しい山村景観を構成しています。(椎葉村のHP参照)
  
 ※これまで訪れた「天界の村」 (野村万訪氏の造語)
     秩父山地 秋畑那須 (群馬県甘楽町)
   赤石山脈 ~ 伊那山脈 遠山郷下栗の里 (長野県飯田市)
   紀伊山地 果無集落 (奈良県十津川村)
   四国山地 東祖谷落合 (徳島県三好市)


 十根川集落の全景
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 みごとな石垣
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 石垣を利用した下屋
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 主屋と付属屋が一列に並んでいます 
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    石 段
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 家は等高線上に建ち並んでいます 
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 ふう~!... 石段の上り下りがたいへんです。 
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 最上段にある大きな家



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 装飾が施されたりっぱな玄関
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  野菜畑
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 茶畑 ... いずれも山側の軒は上段の家の庭より低い
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 最上段から集落を見下ろす ... 
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平家の落人伝説が残る 鶴富屋敷
 
 鶴富屋敷は、鶴富姫と那須大八郎の恋物語の舞台ともなった場所です。正式には那須家住宅といい、建物は椎葉を代表する造り。築年を明らかにする資料はなく、建築技術などからおよそ300年前のものと推定されています。昭和31年に国の重要文化財に指定されました。
 
  椎葉村の民家は「並列型民家」とよばれ、主屋の前面に縁を横 一列に設け、それに各部屋を配置した横に細長い形式です。この村は平地が少ないので、傾斜をうまく利用するために考えられた知恵でしょう。
民家としては太く大きな木材を使用した椎葉独自のもので、寝殿造りの面影を残すと言われています。 屋根は寄棟で、棟飾りとして九本の千木が組まれています。重要文化財に指定された当時は茅葺きでしたが、 昭和38年、火災防止のため銅板葺きにしました。(椎葉村のHP参照)


 鶴富屋敷
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  間取り
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  囲炉裏
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   でいの間
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平家の落人伝説

 壇ノ浦の合戦に敗れた平家の残党が、道なき道を逃げようやくたどりついたのが、ここ山深き椎葉でした。ところが、この隠れ里も源頼朝に知れるところとなり、那須与一の弟大八郎宗久が追討の命を受けました。椎葉に向かった大八郎は険しい道を越え、ようやく隠れ住んでいた平家の落人を発見しました。
 しかし、ひっそりと農耕をしながら暮らす落人たちの姿を見て、哀れに思い追討を断念。鎌倉幕府には討伐したと報告しました。そればかりか大八郎は鎌倉へは戻らず、屋敷を構えこの地にとどまったのです。大八郎は、農耕の仕方を教えるなど彼らを助けながら暮らしたといいます。やがて、清盛の末裔である鶴富姫との出会いが待っていて、いつしか姫との間にロマンスが芽生えました。彼は永住する決心を固め、村中から祝福されます。

 ところが、幕府から「兵をまとめてすぐ帰れ」という命令が届き、夢ははかなく消えてしまうのです。このとき鶴富姫はすでに身ごもっていました。生まれたのはかわいい女の子、姫は大八郎の面影を抱きながらいつくしみ育てました。(椎葉村のHP参照)  後に婿を迎え、「那須下野守」と愛する人の名前を名乗らせたということです。 現在でも椎葉村には「那須」姓が圧倒的に多いとか...。 


  鶴富姫の墓
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