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2019/08/22

2019.7.30 アイガー (グリンデルワルト)

 登攀困難な三大北壁のひとつ
アイガー
地図

  7月30日の朝8時にグリンデルワルトのホテルを発ち ~ ツアー専用バスでラウターブルンネンへ13km ~ 9時にラウターブルンネン着、シュタウプバッハの滝を見学 ~ 9時30分にツアー専用バスでベルンへ ~ 10時10分にベルン着、バラ公園やベルン旧市街 (世界遺産) を散策


 グリンデルワルトはアイガーとヴェッターホルンを望む山岳リゾートだ。周辺には氷河があり、村内にはシャレー風のホテルが建ち並んでいる。インターラーケンとは逆に、この村からはユングフラウは望めない。インターラーケンが日本の軽井沢なら、ここは上高地といったところか...。(ダイヤモンドビッグ社「地球の歩き方・ドイツ」参照) アイガーを舞台とした山岳小説に新田次郎著「アイガー北壁」がある。


 バスの車窓から
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 バスの車窓から
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 麓から仰ぎ見るアイガー (3970m) 
  ユングフラウ (4158m)、メンヒ (4107m) とともにオーバーラント3山を構成している。
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  ねずみ色の岩肌をさらす巨大な山塊 ... あまたのクライマーがここで命を落とした
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 ミッテギレ稜 (左側)  大正10 (1921) 年に日本人の登山家・槇有恒が登頂した
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 アイガー北壁 (右側) 
   
グランド・ジョブス北壁、マッターホルン北壁とともに登攀困難な三大北壁のひとつに数えられてい る。1965年8月、高田光政が日本人として初登攀に成功。1969年7月、当時最年少の21歳で登攀。同 年8月、医師の今井道子ら6人の日本人グループが「赤い壁」直登ルートを拓く。

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(C) 2007-2019 ひめさゆり山荘 All Rights Reserved. 
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2019/08/21

2019.7.29 インターラーケン (スイス)

ハーダー・クルム展望台から眺望する

インターラーケン
地図

 7月29日の朝8時30分にサンモリッツのホテルを発ち ~ ツアー専用バスでマインフェルトへ104km ~ 10時10分にマインフェルト着 ~ 12時30分、昼食後ツアー専用バスでルツェルンへ124km ~ 14時25分にルツェルン着 ~ 15時40分、ツアー専用バスでインターラーケンへ68km  ~ 17時にインターラーケン着 ~ 17時25分発のケーブルカーでハーダークルム展望台へ ... ガスっていてユングフラウ3山 (5大名峰) は見えず ~ 19時45分、ツアー専用バスでグリンデルワルトへ13km ~ 20時30分にグリンデルワルトのホテル着

 インターラーケンはベルン州にある人口5700人ほどの山岳リゾート。地名は「湖の間」という意味でブリエンツ湖とトゥーン湖の間に位置する街だ。琵琶湖畔にある日本の大津市と姉妹都市になっている。12世紀に建立された修道院を起源とする小さな街だが、ユングフラウ地方のゲートウェイとなっていて、夏はトレッキング・冬はスキーなど観光客が世界中から訪れる。

 私たちツフー一行はオスト駅付近でバスを降り、アーレ川を渡ってケーブルカー乗り場へ向かう。10分ほどでハーダー・クルム展望台駅に到着。なだらかな丘の頂からは、細長い2つの湖とその間に広がるインターラーケンの街を眺望することができた。だが、グランドジョラス北壁、マッターホルン北壁とともに、登攀困難な三大北壁のひとつとして知られるアイガーは、その雄姿を見せてくれることはなかった。


 アーレ川に架かる橋
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 ハーダー・クルム展望台
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 足がすくむ展望台
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 アイガーは雲に覆われていた
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 左を眺めると ...
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 ブリエンツ湖
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 ブリエンツ湖畔
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 二つの湖に挟まれた山岳リゾート
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 インターラーケン (湖の間)
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 トゥーン湖畔
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 トゥーン湖
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 右を眺めると ↑
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スイス全図


(C) 2007-2019 ひめさゆり山荘 All Rights Reserved. 
2019/08/20

2019.7.29 シュプロイヤー橋 (ルツェルン)

根付き木造のシュプロイヤー橋
地図

  7月29日 朝8時30分にサンモリッツのホテルを発ち ~ ツアー専用バスでマインフェルトへ104km ~ 10時10分にマインフェルト着、ハイジの泉やハイジの家を見学 ~ 12時30分、昼食後ツアー専用バスでルツェルンへ124km ~ 14時25分にルツェルン着、「水の都」と称されるルツェルンのカペル橋や旧市街を見学

 ルツェルンの街を紹介するときの枕詞は「スイスの古都」「水の都」だ。たしかにその歴史は古く、1291年のスイス建国の基となった「永久同盟」に、原初3州に次いで1332年に加盟している。中世の建物が残る旧市街を歩けば、往時を彷彿させるまちなみと遭遇する。

 ルツェルンはチューリッヒとインターラーケンを結ぶ幹線上にあり、ピラトゥス山やリギ山、フィアヴァルトシュテッテ湖に囲まれたスイス有数の観光都市だ。毎年8月から9月に、世界的なルツェルン音楽祭が開催されることでも知られている。

 シュプロイヤー橋は1408年の完成で、旧市街への西からの侵入を防ぐ砦だった。旧市街は、湖と川、そしてムーゼック城壁に守られているが、東の砦がカペル橋で西の砦がシュプロイヤー橋なのである。シュプロイヤーとはもみ殻のこと、橋の隣に水力で小麦を脱穀し粉にする製粉所がある。(ダイヤモンドビッグ社「地球の歩き方・スイス」参照)


イエスズ教会 
 1666年、スイスで初めて建立されたバロック様式の建築。女性的で優美な姿は、ロイス川対岸に建つ旧市庁舎と好対照をなしている。
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 市庁舎
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 市庁舎前の通り
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 フランシスコ教会
  イエスズ教会の隣にある13世紀後半に建立された教会で、スイスで最も美しいゴシック様式の建築といわれている。フレスコ画の壁面や精巧な装飾を施した祭壇などが見どころだ。
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 フランシスコ教会の背面
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 シュプロイヤー橋とルツェルン旧市街
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 橋を渡る
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梁に架かっている67枚の絵 
 
この絵は1635年にペストの大流行を描いたもので、死神などおどろおどろしいモチーフが多い。「死の舞踏」とよばれている。
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 17世紀に造られた礼拝堂
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 マップ
ルツェルン

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2019/08/19

2019.7.29 カペル橋 (ルツェルン)

屋根付き木造の カペル橋 

   7月29日 朝8時30分にサンモリッツのホテルを発ち ~ ツアー専用バスでマインフェルトへ104km ~ 10時10分にマインフェルト着、ハイジの泉やハイジの家を見学 ~ 12時30分、昼食後ツアー専用バスでルツェルンへ124km ~ 14時25分にルツェルン着、「水の都」と称されるルツェルンのカペル橋や旧市街を見学

 ルツェルンの街を紹介するときの枕詞は「スイスの古都」「水の都」だ。たしかにその歴史は古く、1291年のスイス建国の基となった「永久同盟」に、原初3州に次いで1332年に加盟している。中世の建物が残る旧市街を歩けば、往時を彷彿させるまちなみと遭遇する。

 ルツェルンはチューリッヒとインターラーケンを結ぶ幹線上にあり、ピラトゥス山やリギ山、フィアヴァルトシュテッテ湖に囲まれたスイス有数の観光都市だ。毎年8月から9月に、世界的なルツェルン音楽祭が開催されることでも知られている。(ダイヤモンドビッグ社「地球の歩き方・スイス」参照)


 中世の建物が残る旧市街
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 旧市庁舎
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 屋根付き木造のカペル橋と水の塔
  カペル橋は1333年、湖から襲ってくる敵から街を守る城砦の一部として建造された。屋根付き木造の橋で、1993年の火災で大部分が焼失したが翌年再建されている。旧市街は、湖と川、そしてムーゼック城壁に守られているが、東の砦がカペル橋、西の砦がシュプロイヤー橋なのである。木造の橋としてはヨーロッパ最古。
 水の塔はカペル橋に繋げられた八角形の塔で、カペル橋よりも早い1300年ごろに建てられた。もともとは見張り台だったが、その後、保管庫や牢獄、拷問部屋などに使われたという。
 
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 カペル橋を渡る
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 天井に架かる絵 ... ルツェルンの守護聖人やルツェルンの歴史にまつわる伝説などを描いた絵
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 橋から旧市街を眺める
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 橋を降りる
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 街のところどころに
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 噴水があった
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 マップ
ルツェルン

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2019/08/18

2019.7.28 アルプスの少女ハイジ (マイエンフェルト)

 著者の故郷マイエンフェルト

アルプスの少女ハイジ
地図 

 7月29日 朝8時30分にサンモリッツのホテルを発ち ~ ツアー専用バスでマインフェルトへ104km ~ 10時10分にマインフェルト着、ハイジの泉やハイジの家  (「ハイジ」の著者の故郷)  を見学~ 12時30分、昼食後ツアー専用バスでルツェルンへ124km。

 ヨハンナ・シュピリの名著「ハイジ」は、1880年にスイスで生まれた。発表から1世紀以上経過した現在も世界中の子どもたちから愛されていて、累計発行部数は5000万部を超えるという。この驚異的なベストセラーの故郷が、スイスの東端にあるマイエンフェルトだ。

 のんびりと草を食む牛の群れ、風に揺れるモミの木のざわめき、遙かに広がるブドウ畑。シュピリはこの風景のなかを散策していて物語の着想を得たとされる。私たちツアーも「アルプスの少女ハイジ」を思い起こし、牧歌的な風景のなかを歩いた。 (ダイヤモンドビッグ社「地球の歩き方・スイス」参照)


 観光馬車がやって来た
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 ハイジの泉
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 飲んでみました
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 泉の前にあったピザ屋
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 狭い通り
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 ハイジの家
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 薪が積まれていた
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 丘の上の
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 斜面に建つ
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 丘の上から望むマイエンフェルト
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